東京地方裁判所 昭和45年(行ク)80号 決定 1970年11月07日
申立人 バーバラ・バイ
被申立人 羽田入国管理事務所特別審理官愛甲勝一
訴訟代理人 伴喬之輔 外六名
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は申請人の負担とする。
理由
一、申請人の申立ての趣旨および理由は、別紙一記載のとおりであり、被申請人の意見は、別紙二記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
本件申立ては、特別審理官のした上陸不許可処分の効力の停止を求めるものである。
ところで、上陸不許可処分の効力が停止されても、本邦に上陸しようとする当該外国人が本邦に上陸できるわけではなく、ただ不許可処分のなかつたのと同じ状態が作出されるにすぎないことはいうまでもない。そしてまた、上陸不許可処分を受けた外国人は、自己の乗つてきた船舶等に留められている以上、その船舶等の出港によつて本邦から退去せざるをえない事情にあることも、多言を要しないところである。しかし、当該外国人が、自己の意思に基づかないにしても、船舶等を降りて事実上本邦に滞留している場合においては、特別審理官又は主任審査官の発給する退去命令に強制執行力が認められていないために、当該外国人をその意に反して本邦から退去させるには、退去強制手続によらざるをえないが、出入国管理令(以下法という。)が本邦に上陸しようとする外国人に上陸の申請をさせ、その申請に対しては、当該係官において許否いずれかの処分をなすべきものとし、しかも、上陸許可の証印を受けないで本邦に上陸した外国人には刑罰を科することとしていることに徴すれば、適法な上陸の申請に対してあらためて不許可処分がなされ又はさきにした不許可処分が有効なものとなるまでは、たとえ退去命令書に記載された乗船等の予定日が経過した後においても、なお、当該外国人を不法入国者として強制的に退去させることは、許されないものと解するのが相当であり、上陸不許可処分の効力停止は、まさに、申請人に対して右のごとき法的保証を与えるものであるから、これを認める利益があるものというべきである。
ところで、申請人は、アメリカ合衆国国籍を有するニユーヨーク州立大学の学生であるが、昭和四五年七月二日、有効な旅券で在ニユーヨーク日本国総領事館の本邦への観光目的のための数次往復査証(マルテイプル・エントリー・ビザ)を受けたものを所持し、在留期間六〇日の上陸許可の証印を与えられて本邦に上陸し、その後在留期間が六〇日間延長され、同年一〇月二四日、本邦から沖縄に向けて出国し、再度本邦に上陸すべく、同月三〇日羽田空港に到着し、羽田入国管理事務所入国審査官に上陸の申請をしたところ、入国審査官は、上陸許可の証印を拒否して申請人を肩書居所に滞留させ、被申請人も、翌三一日申請人の入国目的がもつぱら反戦活動を行なうことにあるので、その申請に係る在留資格が虚偽のものでないと認められず且つ法四条一項各号所定の在留資格の一に該当しないとして、その旨を申請人に通知してきたが、右上陸不許可処分は、事実誤認に基づくものであるから違法である、というのである。
しかし、前敍のごとく、申請人の在留資格は、観光客であり、しかも、当初の在留期間は、六〇日であつたのにさらに六〇日間延長されていることからみて、観光の目的は、一応達せられていたものと認められるのみならず、本件疎明によれば、もともと申請人はクエーカー教徒であつて良心的な反戦の信念をもち、しかも、その趣旨の活動を行なつている。パシフイツク・カウンセリング・サービスの同調者であり、また、現に、被申請人の口頭審理において「今回の入国目的は、すでに反戦の信条を抱いている一人でも多くの日本人と話し合い、彼らの在留米軍基地に関する反戦活動を支援したいということです………。その他、日本の秋も楽しみたい」と申述しており、しかも、さきに本邦に在留していた際、岩国市内で反戦運動の本拠とされているタカギ・アパートの一室を借りて住み、アメリカ合衆国海兵隊岩国航空基地の隊員に対し、「ベトナムに征かないですむ方法、軍規内で抵抗する方法」等と記載した反戦兵士組合の機関紙「センパー・エフ・アイ」やビラ・パンフレツト等を印刷、配布したり、放送、デモ等によつて戦争反対を呼びかけ、佐世保市にあるアメリカ合衆国佐世保基地にも出向いて右と同様の活動をしていたことを認めることができる。
しかして、法四条一項四号の観光ということが、必ずしも言葉の厳格な意味において、本邦内の名所旧跡もしくは景観等を見物することだけを意味するものではないとしても、また、仮りに申請人が東京-サンフランシスコ間の航空券と本邦の観光に必要な可成りの費用を所持しているとしても、以上認定に係る事実関係のもとにおいては、被申請人が申請人の申請に係る在留資格が虚偽のものでないと認められないとして行なつた本件上陸不許可処分をもつて敢えて違法と断ずることは、許されないものというべきである。
よつて、申請人の本件申立ては、右の点において行訴法二五条所定の執行停止の要件を欠くものであるから、爾余の点について判断するまでもなく、これを却下することとし、申立費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)
別紙一
申立の趣旨
被申請人が申請人に対し、昭和四五年一〇月三一日付でした口頭審理認定処分の効力は、東京地方裁判所昭和四五年(行ウ)第二一四号口頭審理認定処分取消請求事件の本案判決確定に至るまで、これを停止する。
申立費用は被申請人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の原因
一、申請人の地位並びに上陸の申請に至る経過
(一) 申請人は一九四四年四月七日米国において生れた米国市民であり、現在ニユーヨーク州立大学に在学中の女子学生であるが、昭和四五年六月二九日ニユーヨークの我国領事館から我国への観光目的のための数次往復査証(マルテイプル・エントリー・ビザ}を得て、同年七月二日在留期間六〇日として我国に入国した。そして同年八月一九日には右在留期間の六〇日の延長を得て、一〇月二四日までの間我国各地を旅行し、我国についての見聞を広めた。
(二) 同年一〇月二四日申請人は我国を出国し沖縄への旅行を行なつた上、同年三〇日前記数次往復により再度我国へ入国すべく空路羽田空港へ到着し上陸の申請を適式になした。
二、本件口頭審理認定処分の存在
しかるに羽田入国管理事務所入国審査官は、申請人に対し上陸許可の証印を拒否し、更に特別審理官は同年三一日申請人が上陸のための要件を満たしていないとの認定をなした。
そこで申請人は、右認定を不服として同年一一月三日出入国管理令第一一条にもとずき法務大臣に対し異議の申出をなしたところ、法務大臣は、同月四日右申出を棄却し主任審査官はこれにもとずき申請人に対し退去命令処分をなした。
三、本件口頭審理認定処分の違法性
しかしながら申請人は、米国政府発行の有効な旅券を所持し、かつ前述の如き有効な我国への数次往復査証を得て我国へ観光目的で入国しようとしたのであるから、出入国管理令九条一項にもとづき入国審査官は申請人の旅券に上陸許可の証印をして、その入国を許可すべきものである。
しかるに、前述のとおり入国審査官は上陸許可の証印を拒否し、特別審理官もこれを維持し、更に法務大臣はこれに対する申請人の異議申立てを棄却したのであるから、右特別審理官の認定処分および法務大臣の異議棄却決定はともに違法のものである。
したがつて右の違法な処分にもとづく退去命令処分も当然違法たるを免れない。
尚、特別審理官は、口頭審理の認定において
申請人の入国目的たる観光が真実のものではないとするのであり、その実質的理由は申請人が沖縄へ旅行する以前我国における旅行の際米軍兵士達と接触しそのクエーカー教徒としての宗教的信念にもとづき、平和について語りかけたことがあるということにあるものの如くに推測される。
しかしながら、申請人は沖縄渡航前においても真実観光目的を有しており、かつ事実各地に観光旅行をしたものであり、今回の入国目的も又真実観光にある。そして、申請人が旅行の際に右のような自己の信念にもとづく平和のための平和的言論を行なつたことは右の目的と相容れないものでもなく、これを否定するものでもないことは明らかである。
加えて、過去に右のような事実があつたとしても、それを以つて、今回の新たな入国の目的即ち観光を否定する根拠とすることができないことも明らかである。
四、効力停止の必要性
申請人は以上の理由で本日御庁に口頭審理認定処分取消の訴を提起したが、申請人は羽田空港内エアターミナル・ホテルの一室に羽田入国管理事務所係官の厳重な看視を受けて軟禁同様の状態にあり、主任審査官は何時でも申請人を国外に退去させることが可能な状態にある。
もし申請人が国外に退去させられた場合には本案について裁判所の判断を受けられなくなることは勿論、更に我国についての見聞をひろめるための観光旅行の貴重なチャンスを奪われることになるのであり、申請人が回復しがたい損害を蒙ることが明白である。
よつて、本申立に及ぶものである。
別紙二
意見書
意見
本件申請は、これを却下する。
申請費用は、これを申請人の負担とする。
との裁判を求める。
理由
第一、本件退去命令までの経緯
一、申請人は、アメリカ合衆国国籍を有する外国人であるが、昭和四五年六月二九日在ニユーヨーク日本国総領事館において、その所持する旅券に四八ケ月間数次有効の観光査証の発給を受け同年七月二日羽田空港に入国、同空港において羽田入国管理事務所入国審査官に入国(上陸)目的を「休暇」と記載して上陸の申請を行ない、同所入国審査官から出入国管理令四条一項四号に該当するものとして在留資格、在留期間六〇日の上陸許可証印を受けて上陸した。
申請人は、同年八月一九日東京入国管理事務所に出頭し、在留期間更新の理由を「大阪万国博覧会の見物および日本の他の地区北海道九州の旅行のため」と記載して、法務大臣に対し在留期間の更新を申請し、同月同所において在留期間更新の許可を受けたのち同年一〇月二四日鹿児島空港から沖縄に向けて出国した。
二、申請人は同年一〇月三〇日日本航空第九〇六便にて沖縄より羽田空港に到着、同空港において羽田入国管理事務所入国審査官に対し前同様数次観光査証により入国(旅行)目的を「観光(SIGHT SEEING)」と記載して上陸の申請をした。しかし、同所入国審査官は、審査の結果申請人が査証を所持しているものの申請にかかる在留資格が虚偽のものでないと認められないところがら、同令七条一項二号に規定する上陸の条件に適合していないものと認め、同日同所特別審理官に申請人を引き渡した。
三、特別審理官は、申請人につき口頭審理を行なつた結果、申請人は、特別審理官に対し、次のとおり供述した。
すなわち、「申請人は米国カリフォルニア州に本部を有するパシフイク・カウンセリング・サービスの活動を支援し、米軍兵士に対し兵役免除につき呼びかけ、米国の戦争継続が困難になることを念願している。この目的のために、プラカードを作り、デモを行ない、米軍兵士らに語りかけ、さらにセンパー・フアイという刊行物を配布した。今回の入国目的は、すでに反戦の心情を抱いている一人でも多くの日本人と話し合い、彼らの在日米軍基地に関する反戦活動を支援したい。これらの日本人の多くはベ平連の人達であるが、その他組織に加わつていない人達もいる。私は岩国市車町一一-五-二五、タカギアパートに部屋を借りているが、この部屋は、私の反戦活動のための根拠地であり、友達との交歓の場でもある。」
そこで、特別審理官は同月三一日申請人が上陸申請書には観光(SIGHT SEEING)と記載して上陸の申請しているものの、申請にかかる在留資格が虚偽のものでないことが認められず、かつ、その入国目的が、令四条各号の一に該当しないところから、令七条一項二号に規定する上陸のための条件に適合していないものと認定し、その旨申請人に通知した。
四、申請人は、同年十一月三日右認定に異議があるとして、法務大臣に対し異議の申出を行つたが、法務大臣は、同月四日申請人の異議申出は理由がない旨の裁決をし、同日被申請人に対し、右裁決結果の通知があつたので、被申請人は、同日、その旨を申請人に知らせるとともに、退去命令書を交付した。
第二、本件認定および退去命令処分は適法である。
申請人は、入国審査官に対し入国(旅行)目的を観光(SIGHT SEEING)として、上陸申請をしたものであり、右は令四条一項四号に定める「観光客」という在留資格で在留活動をしたいという意思を表明したことが明らかであるところ、特別審理官の口頭審理に際しては、申請人は、その入国目的につき「前回の在留中はPCS(一九六九年米国において発足した米軍基地内反戦抵抗運動等の支援機関パシフイク・カウンセリング・サービス)の活動を支援し、米国の戦争継続が困難となることを念願し、その目的のためにプラカードを作り、デモを行ない、米軍兵士に呼びかけた」旨を供述し、さらに、「今回の入国目的は、ベ平連に属する者やその他の日本人と話し合い、彼らの在日米軍基地に関する反戦活動を支援することにある」と供述し、申請人みずから今回の入国目的がわが国内において反戦活動を行なうにあることを明言しているのである。
しかも、申請人は、前回在留中昭和四五年七月下旬より、米軍海兵隊岩国航空基地内のASU(米兵士組合)の機関紙「センパーフアイ」ならびにスウェーデン、フランスおよびカナダにある米軍脱走兵委員会の機関紙「ウイ・ゴツト・ザ・ブラス」などのベトナムに行かずにすむ方法や軍規内で抵抗する方法及び軍隊内部に自由を取戻そうと呼びかける記事等を掲載する反戦文書を岩国基地の正門前等で一週間に二、三回の割合でベ平連関係者とともに米兵に配布し、反戦運動参加を勧誘し、同年七月六日岩国基地における未決囚の暴動事件に係る軍事裁判に対し、岩国、広島、京都ベ平連のメンバーとともに岩国市内で「反戦兵士を支援し反基地斗争に立上がろう」と書いたビラを配り、また同基地北門ゲート附近で基地内に向けて反戦放送を行ない、次いで同年七月二七日岩国警察署に逮捕されたASUのメンバー米兵二名の大麻不法所持容疑事件を米軍と日本警察の謀議による反戦兵士弾圧であるとして抗議運動を起し、七月二八日、三一日、八月三日、五日、六日および七日に岩国警察署に赴き、右容疑者に面会、差入れおよび激励等を行ない、同年八月六日には広島市平和公園内原爆資料館前広場の反戦統一集会において前記事件について日米官憲の謀議事件であると非難し、当該米兵の救出を訴える演説をし、また、同年一〇月一〇日岩国、広島ベ平連主催の集会で基地解体のため反戦米兵と連絡しようと訴え示威行進に参加するなど、もつぱら、反戦活動に従事していたのである。
したがつて、特別審理官が、申請人は反戦活動を行なうことを目的としながら「観光客」という虚偽の在留資格によつて観光客を装つて上陸申請をしたものであり、かつ、その入国目的が令四条一項各号の一に該当しないと判断し、令七条一項二号に定める上陸条件に適合しないと認定したこと、また法務大臣が申請人の異議申出は理由がないと判断したことはいずれも正当であつて、なんら違法の点は存しない。したがつて、右の法務大臣の裁決に基づいて主任審査官の発した退去命令は、適法である。
なお、申請人は「観光客」という在留資格の中に旅行の際に米軍兵士たちと接触し、クエーカー教徒としての宗教的信念に基づき平和のための言論を行なうことも含まれているかのごとく主張するのであるが「観光客」という在留資格には観光以外の活動をもつぱら行なうことが含まれないのは自明のことであり、前記第一において述べたように、申請人の前回の在留状況および今回の入国目的につき、特別審理官に対して前記のとおり供述していることからみて、申請人はもつぱらわが国内において反戦活動を行なう目的であることが明らかであると認められるので、この点に関する申請人の主張は失当である。
第三、特別審理官の認定は行政処分ではないこと
申立人は、被申立人が口頭審理の結果上陸のための条件に適合していないと認定した行為を行政処分であるとして、本件執行停止を求めているのであるが、右認定行為は行政処分ではない。
上陸の手続について、入管令は慎重を期するため、上陸不許可にする場合には、入国審査官、特別審理官、さらに上陸申請者の選択により法務大臣という三段階の判断を経て行なうことにしており、これら一連の手続は、最終的に主任審査官の行なう退去命令の事前手続として行なわれる内部的な行為である。
したがつて特別審理官が、口頭審理の結果行なう認定も上陸のための条件に適合しているかどうかについて行なうのであり、これがただちに上陸申請者に対する許可、不許可の処分になるわけではない。上陸のための条件に適合すると認定したときは、外国人に対し認定の通知をすることは要件ではなく、ただちに旅券に上陸許可の証印という要式行為を行なうことによつて上陸を認可するのである。したがつて、右上陸許可の証印が行政処分と考えられるのであり、認定そのものは条件に適合していることの内部的な判断行為にすぎない。また条件に適合していないと認定したときは、外国人に通知をするので一見行政処分であるかのごとき観を呈しているが、これは、法務大臣の裁決を経ることについて外国人に選択をさせるための便宜として行なわれるものであり、これによつて認定が行政処分であるというわけにはいかない。したがつて、外国人が法務大臣の裁決を求めないときは、認定とは別の退去命令を出して不許可処分を行なうのである
右のように、特別審理官の認定は行政処分ではないから、これについて法務大臣に対し行なう異議の申出も、認定の取消を求めるといつた抗告争訟的なものではない。それ故法務大臣の行なう裁決も、主任審査官に対して通知をすることになつており、主任審査官は裁決の結果に応じて、上陸許可の証印、退去命令のいずれかをなすのである。
以上のように、特別審理官の認定は、内部的な意思決定行為の一環として行なわれるもので、これによつてただちに、外国人の権利、義務、法律上の地位に影響を与えるものではないから、これを行政処分ということはできない。よつて本件申立は不適法なものとして却下されるべきである。
第四、本件執行停止申立は申立の利益を有しないこと
(一) 申立人が執行停止を求めている被申立人の本件認定は、出入国管理令(以下単に入管令という)一〇条七項によるものであるが、右認定がかりに行政処分であるとすれば、その実質は上陸許可申請に対する不許可処分(拒否処分)と見るべきものであるから、これに対する執行停止は申立の利益を欠くものとして許されないというべきである。
(二) すなわち外国人が本邦に上陸しようとするときは、入国審査官に上陸の申請をして、その審査を受け(入管令六条二項)、入管令七条一項各号に掲げる条件に適合した場合に入国審査官から旅券に上陸許可の証印を受け(同令九条一項)、始めて本邦に上陸することができるのである(同令九条五項)。そしてもし外国人が入管令七条一項各号に掲げる条件に適合しないと認定された場合は、特別審理官による口頭審理が行なわれ、口頭審理において特別審理官が上陸許可の条件に適合していると認定したときは上陸許可の証印をし、適合していないと認定したときは、当該外国人に対し、理由を示してその旨を知らせるのである。(入管令一〇条六、七項)。
このように、特別審理官の上陸のための条件に適合していないことの認定は、上陸許可の申請に対し、上陸許可の証印をしない場合に行なわれるものであるから、上陸不許可処分であるといわなければならない。
(三) 一般に、一定の法的地位の取得を目的とする許可申請に対し、拒否処分がなされたときに、右拒否処分の執行停止は、かりに拒否処分の執行停止がなされても許可があつたことになるわけではないため、許可申請者の法的地位にはいささかも変動がないので、申立の利益がないとされているのである。
本件の認定も、前述したようにその実質が上陸不許可処分であるとすれば、かりに執行停止をしても、これによつて申立人が、本邦内に上陸し得ることにはならないのであり、上陸許可の証印を受ける前の状態が持続するにとどまり、申立人の法的地位には何ら益するところがないのである。
以上のとおりであるから、本件執行停止申立は申立の利益を欠くものとして却下されるべきである。
第五、本件執行停止申立は回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるときにあたらない。
本件認定の本質は前述のとおり上陸許可申請に対する拒否処分であるから、この命令にもとづく現実の退去強制執行というものはあり得ないのである。また、入管令一〇条八項、一一条五項の退去命令も退去を命じたときは外国人の乗つてきた船舶等の長、またはその船舶等を運航する運送業者にその旨を知らせなければならないと規定し、外国人の任意の退去を期待しているのである。
右のとおりであるから、申立人が、被申立人が申立人をいつでも国外に退去させることが可能な状態にあると主張しているのは認定、あるいはこれに引きつづいて行なわれる退去命令の本質を誤解しているものといわざるを得ない。
よつて、右のような誤つた主張を前提としてなす申立人のいわゆる回復困難な損害、すなわち、本案についての裁判をうける機会を失う旨並びに観光の機会を奪われる旨の主張は、それ自体理由のないものである。
のみならず、かりに本件停止決定の意味するところが、申立人に於て空港内の指定された区域に適法にとどまることができる法的状態を作出するものであるとしても、右の限度で利益をうけるにすぎず、これによつて申立人に於て直ちに日本国内の観光旅行をなしうることになるわけでないことは自明である、また、申立人は、かりに本件停止決定がなされないときは、本案につき裁判をうける機会を失うというけれども、同人は既に訴訟代理人によつて本案訴訟を提起しているのであるから、申立人のいうような結果にならないことは当然である。